先日、某Web
の島田律子さんの恋愛コラムを何気なく開いたら、「結婚しました!」…へえ〜。
「相手は居酒屋で知り合った、年下の彼」…いいじゃないですか。
「35歳のおばさんでも結婚できるのです。皆さんもあきらめないで…」というようなコメントが…!!!
えっ、35歳って「おばさん」なの?
その後、たまたま35歳前後(年下)の友達2人とご飯を食べる機会がありその話を持ち出したのですが、2人は「何言っているんですか、おばさんですよ」と肯定しておりました。「だって、2人とも若いじゃない? 35歳って若くない?…」「世間じゃ、おばさんなんです」 と軽くいなされました。(ちなみに2人とも独身です)
そういえば、<30歳以上、未婚、子どもなしは「負組み」>などという記事がちょっと前誌面を賑わしていましたが、そんなこと誰が決めたのでしょうか?根拠はどこにあるのでしょう?
先日も、仕事先の30過ぎの“若者”が、何の話題でか分かりませんが「40過ぎたら人間もうだめだよ…」と言う発言をしているのを小耳に挟みましたが…。
種族:人間 性別:女 年齢:超越…している私は、「35歳はおばさん」「40過ぎたらもうだめ」的な発言は、実は他人ごとでしかないと思っている、ある意味“困ったおばさん”です…。
男らしさ、女らしさ…は必要だけれど、その人の存在に対してどうして戸籍年齢が基準になるのか私にはわかりません。(世間的なシステムとしてはしょうがないことは理解していますが)年齢を経た人の経験値というのは貴重な基準ですが、でも例えば、「35歳はおばさん」とする基準なんてつける方がおかしい…と考えます。
…世間には15歳の「おばさん」も、80歳の「少女」だっているはずです。それは精神の問題であって、年齢の問題ではありません。私の知り合いに、とても若い70歳の女性がいます。自転車でばりばり町を散歩し、働き、他人と群れず、趣味や動物育てにいそしんでいます。また、20代なのにすごく老け込んだ考え方をする後輩もいます。グチや不平・不満、理屈をとうとうと並べ、<肩いかってるぞ もっと柔らかく、柔らかく>という感じです…。
精神的に老けている人はいます。
そういう<若年寄>さん的な人がするのが、例えば、相手の人格や長所、経験を無視して年齢だけで判断すること。年齢を聞いただけで無視したり、馬鹿にしたり、からかったり…。そういう感性の欠落した判断基準を持っていること自体、頭の固い、イメージの貧困な立派な「おばさん」「おじさん」ではないでしょうか?自分が生まれてから過ごした年月や経験が、何の<栄養&こやし>になっていません。
人間平等に年齢は積み重なっていきます。皆、誰でも年をとり、いつかは骨になり土に還るわけで、そんな営営と繰り返される自然と人の営みに比べれば、「いくつだからおじさんだ…、おばさんだ…」など微々たるやり取りです。
女性も年をとれば、シワやたるみは出るわ、胸は垂れるわ、肌のハリもなくなります。若い年齢ゆえの美しさは確かに失いますが、だからといって「その人自身の美しさ」がなくなるわけではありません。年齢を重ね、世間の酸いも甘いも清濁合わせ飲んだ人(女性、男性ともに)の、ニュアンスのある美しさは素敵です。
<死ぬまで“女”でいたいのです>(昔、PARCOのCMで話題を呼んだコピーですが…)が私の生き方のテーマの1つにあって、恋愛でも何でも、いくつになってもそんな感性で自分の人生と向かい合って行きたいと思っています。年齢は重ねても、老け込まない、頭の堅くならない、しなやかで伸びやかな精神…の大人になりたいな〜と願います。
もちろん、恋愛にも年齢は関係ありません!
あなたが今若くて元気だったら…20年、30年後もずっとあなたらしく素敵でいてください。
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