幸せ探しをするとき、その原点は何かって考えると<情熱とこだわり>と思うのです。たとえ貧乏でも、まだ恋人がいなくても、ふられてしまったときでも、情熱とこだわりを持って、常に前向きに進んでいける人は幸せだと思います。
私は何に対しても飽きっぽいというか、しらけてしまうというか…そんなところがあって、その分少し不幸せかもしれないな〜なんて、考えたりすることがあります。
常に情熱を絶やさない人、こだわりを捨てない人は、誰にでも何にでも自分が揺るがない…。強情だとか勝手だとかということでなく、自分の生活や人生に指針を持っている分、とてもピュアだと思います。目的意識がはっきりしていて、強くてしなやかな精神の持ち主なので、他者には柔軟に対応できる心の器の広さも逆に備えています。
たとえば10年来の趣味を持っている人、危険な高い山でも登らずにはいられない人、好きなミュージシャンのライブを追いかけて日本全国駆け巡ってしまう人、あの店のラーメンは美味しい!と聞けば必ず自分の舌で確かめないと気がすまない人、新作・旧作合わせてでも1年に300本以上の映画を観る人、好きなブランドの最新作をいち早く手に入れる人、気に入った家具がなければ自分でデザインして大工さんに作ってもらう人、好きなことのためなら寝食忘れて没頭できる人…はとっても幸せそうです。
何に情熱を燃やすか…、何をこだわるか…は関係ありません。有形無形の好きなものを、ひたすら追求して行けることが大切なんだと思います。それで、世間のレールをはみだしてしまう場合もあるかもしれませんが、「人に迷惑をかけない」ことを忘れなければ、多少のはみだしは許されると思います。
<自由>と<無軌道>の意味が違うように、<情熱>と<無分別>は違うし、<こだわり>と<頑固>も違います。
そういうファクターを持ち合わせながら、恋愛だけが人生のすべてじゃない、ということは分かっていて、分かっていながらも情熱的に「他者を愛せるパワーを持っている幸せ」の持ち主…は幸せです。
大好きだった故・森茉莉さん(森鴎外の長女で作家・エッセイストだった)が、ご自身のエッセイの中で「(明治生まれで離婚歴2回の)私は今は恋愛していないけれど、恋愛している人と同じような幸福感を持って生活していることは大変幸せだ…」と言うようなことを書かれていて印象的でしたが、自分の好きなものや美味しいもの、美意識(ものや人、何でも)への情熱とこだわりをつづったその文章は美しく、痛快です。