私はかなりミーハーなので(さすが、“追っかけ”などはしませんが)、雑誌や本に紹介されているアイテムやスポットはかなり気になります。雑誌は、特集テーマなど掲載された記事の内容によっていろんなのを買いますが、「HAPPYになれる」特集は気になるし、好きです。だから思わず買って、読後、ふ〜んと感心して、アンテナにひっかかった「HAPPY行動」や「HAPPYグッズ」を忘れなかったら、無理のないものだけ実践したり購入したりします。
「HAPPYグッズ」といっても、白い陶器だとか、黄色い花…という普通のアイテムで、通信販売などで紹介されているような「開運何とかグッズ」は絶対買いません。
今年の冬、訳あって(というほど何もない…ただの旅行で)福井県にある永平寺(大晦日、NHKの<行く年来る年>で除夜の鐘が必ず中継される有名なお寺)に登ったのですが、売店で頒布されていたハート型の中で鈴が揺れる“縁結びキーホルダー”(600円ぐらいだったかな?)がラブリーだったので、それでも迷いに迷って5分は考えて買ったほど、その手のものは買わないタイプです。
※私はLOVEというより金運狙いでそれを購入し、キーホルダーの部分を取って紐結びでお財布にぶらさげています。
水晶のブレスレットだとか、宇宙の石のついたペンダントだとか、龍の置物だとか、印鑑だとか、まッ黄色のお財布などに目が眩まない分、開運のために「これ良いかも」とピピッときた行動はできるだけ実践するようにしていますが、これもすぐ忘れてしまって続けるのが大変、というなまけもの。だから幸せが来ないのかもしれません。
幸せになる行動…例えば、朝早起きして朝日を浴びる、背筋を伸ばして広い歩幅で歩く、常に口角(唇の両端)はあげておく、よく笑う、グチを言わない、部屋にお花を絶やさない…などというような類のことです。HAPPYになるためのメンタル&アクション・ケアで、どれを実践し続けたから、HAPPYになったと言うこともできませんが、こういう行動をとって悪い気持ちになりませんし、むしろ「今日もあれとこれはやった!」という目標達成感や自己満足から明るいすがすがしい気分になれることはあります。小さなHAPPY気分が味わえるならそれはそれでOKだと思います。
時々、後輩や友達に偉そうに自分の良いなと思ったことを「こうしたら気持ち良いよ〜、恋愛運くるかもしれないよ〜」などと披露するのですが、中には疑わしい目つき、もしくはへえへえと聞き流すタイプも当然います。全然構わないのだけれど、何となく感じるのは、「そんなあんたこそ、自分なりの“幸せになれる方法”を早く見つけんしゃい」ということです。
彼女たちがそうだということではありませんが、幸せそうにしている人を斜めに眺めるタイプに時々出くわします。
自分に関係ない他人ごと、だから興味もないのでしょうが、そういう態度のどこかに「ふん、羨ましくなんかないや」と思いつつ、でも羨ましさが漂っているような感じ、かたくなさというか、意地っぽさ(ぱり、でなく)というか、うまく表現できないのですが、幸せになることにもしかしたら懐疑的、もしくは無関心なのかなと思えるのです。
第一、そういう人は幸せそうに見えない…というのが気がかりです。「私は私の道を行く」…それは立派だし、私も自分自身そういうタイプだと思うのですが、えもするとその思考自体がHAPPY方向を向いていないのではと考えてしまうこともあります。
自分が幸せじゃないと、他人を幸せにすることはできない…とは誰かの言葉だったのですが、自分の好きなことをするとか、したいことをする以外に、何か“幸せになれるスパイス”は自分の計り知れないところにあって、素直にそのスパイスを自分に振りかけてみるのもいいんじゃないか、そうすると幸せになれるんじゃないか、と思ったのが、私が「HAPPY行動」するきっかけでしょうか…。
で、<HAPPYのレシピ>としてお勧めする方法の1つが、自分のアンテナにひっかかった「幸せになれる方法」、行動でもグッズでも何でもよいので、トライしてみるのもいいのでは? です。
自分が素直にシンプルに、無理なくできるHAPPY法を続けてみる…。で、数日たったらどうか、1ヶ月たったらどうか、数ヶ月続けてみたらどうかとチェックする。ただ、ここで申し上げるHAPPYというのは、あくまで「幸せな気持ちになれること」であって、それを続けたからといってそれだけで、“王子様”が必ず登場するとか、両想いになれるとか、お金持ちにとか、きれいになったとか(本当にそういうことがあるかもしれませんが)を期待するものではありません。
「HAPPY行動」や「HAPPYグッズ」も、ネガティブ・シンキングをポジティプに、悲観的気分を楽観的気分に、後ろ向きを前向きに…という風に、自分の心持ちを良い方向に変えていくためのアイテムなので、そこはお間違えないように。
だから、明日は早く気持ちよく目を覚まそう〜などと思いつつ、早い時刻に目覚ましを合わせながら、その通りには起きられない朝でも、私は落ち込まないようにはしています。明日こそ、明日こそ…。