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真性のハンサムマン! 白洲次郎さん

04.10.03 Updated
白洲次郎さんは1902年生まれ。すでに故人です。

以前から名前だけは知っておりましたが、行きつけの書店に置かれた次郎さんの本「白洲次郎」(コロナブックス:平凡社刊)の表紙カバーのご本人があまりにカッコ良くて、白いTシャツ、着古しのブルージーンだけの姿…ですが(当時、多分40代半ばぐらいだったのでは?時代は1950年前後で、そのスタイルなんてあまりにイケてます)思わず買ってしまい、読んだとたんに惚れました。
現在、私の理想の男性NO.1です。

現代の<イケメン>たちが束になってもかまわないその風貌と生き方、行動力と三拍子そろったカッコ良いお方で趣味も当時にして車(ポルシェ)、ゴルフ、スキー(それも、成金趣味でない本物のプレイヤー)のほか、大工仕事と畑仕事…という、う〜ん、あまりに揃い過ぎてます。
ファッションも英国ツイードの3つ揃いから、白麻のジャケット、ジーンズ、そして晩年には三宅一生さんの服まで何げに着こなすおしゃれぶり。それがすべて板につく、185cmの体躯と丹精なフェイス…。

でも、私が一番理想としたのはその感性と生き方です。
これは本を読んでみてもらわないとうまく説明できませんが、今でいう<サムライ>と<クリエーター>と<ダンディ>のマインドを兼ね備えた真性のハンサムマン!

今に生きておられたら、私はメカケでも従業員でも何でもいいから、彼の傍でともに生きていたかったと思います。時代は少しズレこみましたが、こんな風に素敵な男性を、寄り添えなくても知ることができたのはラッキーでした。
80歳の彼とでも、私は恋をしたでしょう…。

というわけで、このアウトラインをお読みになって白洲次郎さんに興味をもたれた方は、公式サイト(旧白洲邸 武相荘 buaiso ↓)のほか、多くの方々(特に男性が絶賛している点がまたまたカッコ良い)が彼について書いたHPがかなりあるので、ぜひ検索・アクセスして、その人となりに触れてみてください。

こんないい男、と恋愛したら絶対いい女になれます!※自分に恋してくれるかどうかは定かではありませんが…。
で、私は<現代の白洲次郎さん>を探す→そして恋をするという人生の大目標が新たに加わりましたので(<ヒト>はとりあえず、置いておいて…)、がんばって生きようと思います。

あなたにも共感して欲しい素晴らしい男性です! カッコ良いですよ!
 
   
白洲次郎さん略歴:「白洲次郎」(コロナブックス:平凡社刊)よりまとめ

185cmの長身&ダンディな風貌。

1902年2月17日、兵庫県の裕福な豪商の家に生れる。
17才でケンブリッジ大学に留学、26才まで英国で過ごす。車をこよなく愛し、オートレースにも参加。
クィーンズ・イングリッシュとマナー・着こなし・コミュニケーションを習得。

実家の破産により帰国後、“一目ぼれ”で樺山正子さんと結婚。
(夫人・白洲正子さんもパワフルで知的な素敵な女性)
貿易関係の職に就き世界をかける生活を送る。

当時英国大使だった後の総理大臣吉田茂と知り合い、英国大使館を常宿にする。
昭和18年、第2次世界大戦で日本の敗北を予測し、東京都町田市に移り住み自給自足の半農生活を送るが、敗戦後、吉田茂に請われ、対米交渉に従事。
交渉の参謀役として米国と渡り合い、憲法制定に深く関与。戦後の日本の立て直しに大きな役割を果たす。
当時アメリカ人と対等に渡り合った唯一の日本人と評される 。
吉田内閣で貿易庁長官を努め、通産省創設にも手腕を発揮しながらも「性に合わない」と、戦後処理後、政界から再び経済界に転身。

晩年は軽井沢ゴルフ倶楽部理事長となり、徹底的なフェアプレイ&公平さ、マナー原則の運営を貫く。
80才過ぎても愛車ポルシェを乗り回し、TOYOTAのソアラ開発にも指示をとばす。
1980年代、イッセイミヤケのモデルも引き受けた。

強者に厳しく、弱者に優しい正義の人。
真のコスモポリタン、自由人、上質の個人主義者、粋人…だと私は思います。

 
■ 白洲次郎さんを知る公式サイト <旧白洲邸 武相荘 buaiso>
   
 

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